2010年4月28日水曜日

美女探し




ロンドンハーツで、AKG47という全国の各都道府県の美女を探すという企画のスペシャル番組があった。
他愛もないお気楽な企画である。
こういうお気楽なところが大好きで、シンプルな企画で楽しめた。
番組では、ロンドンブーツの淳が中心となって、相方の亮やアンタッチャブルの山崎や出川が全国に行って待ち行く人達から美女を探しだす。

世の中には可愛い子がたくさんいるものだと驚くと共に、可愛さも美しさも千差万別で色々とあるものだと思った。
知的美人、カッコいい美女、可愛い子などなど、その魅力は様々だが、共通するのは笑顔が良いことだ。
笑顔が良ければ七難隠すと言うかどうかは知らないが、笑顔が良いのは良いことだ。
こんなバラエティに真面目な感想を言うのも変だが、中々面白い番組だった。

バラエティ番組は、こういうお気楽なのが良いなあ。

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2010年4月5日月曜日

映画のチラシ




映画の楽しみは、映画を観るだけではなく、それ以外にもいろんな楽しみがある。
映画音楽もその一つだ。
エンニオ・モリコーネの美しい情感にあふれたメロディや、ジェリー・ゴールドスミスの勇壮な音楽を聴くと映画の場面が目の前によみがえってくる。
映画に関する書籍もまた楽しい。
名鑑物の書籍を眺めて、お気に入りのスターの出演作だけでなく、生い立ちなどを見るのもまた楽しい。

そういう楽しみの一つにコレクションがある。
とはいっても、コレクションはお金が掛かるものだ。
DVDを集めるにしても、1枚で安くても1000円以上はするし、マイナーな作品はなかなかDVD化もされない。
もう一つは、映画のパンフレットだ。
いろんな情報が詰まっていて、当時の空気も感じられて良いのだが、収集するにはやはり単価が高い。

単価も低く、スペースも取らずコレクター感情も満足する物がある。
それは、映画のチラシである。
映画館に行くと置いてあるあの紙の広告だ。
B5の紙1枚で次回に上映予定の映画の紹介をしている物だ。
1枚で映画の魅力を伝えるため、デザインも鮮やかで、映画の見どころも詳しく書かれている。
クリアポケットのバインダーに入れて、色とりどりのチラシを眺めていると幸せな気分になる。
サイズがまたポイントで、映画のチラシのほとんどがB5サイズなのだ。
たまに変形のチラシもあるが、大半はB5なので、ファイリングがし易い。
サイズが統一されているというのが、コレクター心理にうったえるのだ。
古い映画のチラシは入手が難しいが、基本は映画館に行けばただで手に入る物だ。
映画を見に行く度にもらってくるだけでも結構な枚数になるはずだ。
1970年代などの古い作品のチラシが欲しい時は、通販やYahoo!オークションで入手することができる。
さすがにメジャーな作品は値がはるが、セットで50枚、100枚でオークションに掛けられることもあるので、上手く落札すれば結構安価に入手出来る。

30年以上前に1000枚ぐらいのチラシを持っていたが、結婚する時に整理してしまった。
今思い出しても勿体ないことをしたと後悔する。
持っていたチラシは、ネットで見ても良い値がする物ばかりだ。
と、昔を悔やんでも切りがない。

今、自宅には1冊に120本の映画のチラシを収めたバインダーが13冊と未整理のチラシが千枚ぐらいある。
『明日に向かって撃て』や『ポセイドン・アドベンチャー』などの古い作品から最近の『アリス・イン・ワンダーランド』などの新旧入り混じってバインダーに綴られている。
これをパラパラ眺めるだけで幸せな気分だ。

映画のチラシ。
これもまた、私の宝物の1つだ。

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2010年4月2日金曜日

食べる




自然の「然」は、もっぱらとか、しかりとか、そのとおりになるなどの意味で使われているが、元々は「燃える」という意味の言葉だ。
じゃあ何故、「燃」なんて字があるのかというと、後から違う意味での使い方が増えたので、「然」と区別するため「火」でも付けとくかとなったそうだ。

「然」は、分解すると「月」(肉)、「犬」、「火」になる。
中国の食文化を感じるが、犬の肉を火で焼くところからできた文字だ。
だから、「燃」は下から横からのダブルバーナーのグリルで焼いている訳だ。

最近、中国では近代化の風潮から犬や猫の肉を食べない決まりを作るとか。
ニュースでもマグロや鯨やシーシェパードなど、食に関する話題をよく耳にする。
アカデミー賞のドキュメンタリー部門では、和歌山県太子町のイルカ漁を盗み撮りするなどして撮った『ザ・コーブ』という作品が受賞した。
このドキュメンタリーは事実を描くというより、地元の漁師さんがマフィアか何かのように描いて、イルカ漁に潜入して取材したスリリングな展開が受けているようだ。
オーストラリアのラッド首相の捕鯨に対する感情的なバッシングもおかしな話だ。
オリビア・ニュートンジョンが昔 日本のイルカ漁を批判した事があるが、最近ではショーン・ペンなんかがシーシェパードの支援をしていると聞く。
よその国の食文化を否定している国はどうなんだろうか。

アメリカは、昔は鯨油目的で鯨を大量に獲っていた。
オーストラリアは、農園を荒らされないように毎年カンガルーを大量に射殺している。
欧米では、仔羊や仔牛を食べる食文化がある。

芋虫を食う人達もいれば、犬猫を食う人達もいる。
乱獲は問題かもしれないが、その国々の食文化を否定するのは、感情論であって、道理のとおらない話だ。
世界中がベジタリアンにならない限り、他の動物を食べるのは生きていく上で避けられないことだ。
芋虫や犬猫を食べたいとは思わないが、否定することではないと思う。

昔、世界ウルルン滞在記でモンゴルでお世話になった遊牧民の夫妻を日本に招待する企画があった。
モンゴルでは、飼っている羊を食べるために殺すことは当然のことだが、山口もえさんにとってはショックなことだったようだ。
そのご夫妻に、生きた魚を日本料理店でご馳走することになった。
モンゴルの遊牧民であるため、当然ながら魚自体を見たこともなかった。
ご夫妻は、こんな小さな生き物を食べるのは可哀想だ、と言っていた。
文化の違いは、そういうものだと実感した。

知らないこと、自分の常識にないものは否定してしまうのが、普通の反応だ。
だからこそ、相手の側に立って考えてみなければ、分かり合えないように思う。
それにしても、ああいう内容でアカデミー賞が獲れるという単純な国民性に驚いてしまう。

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