2010年1月29日金曜日

ほたるの湯


今日は、1日お休みを取り和歌山の方に出掛けた。
20歳代前半の頃、お世話になった先輩に会うのが目的であった。

昔々、会社に入社した頃は、大阪城の近くにあるビルに勤めていた。私たちの仕事は、コンピュータを使って社員の給与計算をしたり、経理や固定資産管理、建設工事の積算など社内業務システムの設計や運用を行っていた。入社した時、私はそのコンピュータシステムのオペレーターとして配属された。職場には6つほどの係があり、当時100人ぐらいの社員がいた。今日会った先輩は、その中の資料管理という担当の方で、システムの入力となる帳票、電子データの受付やアウトプットの仕訳・発送をされていた。私の職場で処理して印刷した帳票を毎日のようにその資料管理に持って行った。そのほかの係とも行き来はあったが、特に資料管理係との関わりは多かった。
今日、お会いした先輩は、私が入社する前からおられた本田さんという女性と、入社して4年ぐらいの頃に転勤されてきた川口さんと丸谷さんの3人。本田さんは私より一回り上、川口さんと丸山さんは6つ上の先輩。当時は、この3人の先輩には大変可愛がっていただいたし、お世話にもなった。私は、職場で一番若かったこともあり、何かと皆さんに可愛がってもらった。当時の私の愛称は「キーボー」。みんな、私のことをキーボー、キーボーと呼んでいた。
当然ながら最近はそう呼ばれることはないが、その当時お世話になった先輩に会うと今でも皆さん「キーボー」と呼ばれる。50歳手前になり、懐かしいような気恥ずかしいような感じだ。

当時は、1980年代。今から30年ほど前になる。まだ、パソコンも普及しておらず、携帯電話もなければインターネットなんてものもなかった頃だ。世間ではキャリアウーマンなる言葉が出始め、バリバリ仕事をする女性が増えてきていた。芸能界ではピンクレディや山口百恵さんが全盛で、西条秀樹がYMCAを歌っていた。今ほど時間の流れも速くはなく、不況不況と耳にすることもない活気のあった時代だった。
今、3ヶ月でする仕事も当時は1年ぐらい掛けていたんじゃないだろうか。良いか悪いかは別として、個人情報保護、コンプライアンス、セキュリティなんて言葉もないし、最近は日常茶飯事になってしまった自殺も少ない心のゆとりがある大らかな時代でもあった。
そんな時代だったので、職場もアットホームな雰囲気で、お互いに助け合うといった良い環境で仕事をしていた。必要以上に時間に追われることもなく、きっちり決められた仕事をして、早く仕事が終わった日はみんなで飲みに行ったり、週末や季節の折々に遊びに行く機会も多くあった。高額な給料をもらっていたわけではないが、今のようなギスギスした雰囲気は皆無の幸せな時代だったと思う。

今日お会いした3人がおられた資料管理という係は資料管と呼ばれていて、私が資料を持って行くと、「キーボー、ケーキあるから食べていき。」とか、面白い話があれば「お茶飲んでいき。」とか、長居してしまうことも、しばしばあった。それも場合によっては1時間、長いときなら2時間と話し込んでいた。今では考えられないような話だが、十分仕事もこなせたし、それで説教されるようなこともなかった。何とも良い時代だった。
本田さんは何でも話しやすいお姉さんのような人で、常に明るく話好きで、いつも「ガハハ!」と笑う楽しい先輩。資料管には、本田さん以外にも二人女性がいて、明るくて楽しい係だった。ある日の昼休み、ビルの前にある高速道路の向かい側の道を歩いていると、聞き馴染みのある声が聞こえてくるので声のする方角に顔を向けると、本田さんが「キーボー、どこ行くの?」と大きな声で呼んでいた。こちらも大きな声で「銀行にお金おろしに行くところ。」と答えると、「サフランのシュークリーム買ってきて~」と本田さん。「OK!」と返事をして銀行に行った。当時、組合の役員をしていたので、その役員手当ての5千円を引き出しに行くるところだった。5千円を引き出して、その半分を使ってシュークリームを買って帰った。あーあ見つかっちゃったと思ったが、その後みんなで楽しくそのシュークリームを食べた想い出がある。そんな感じで、若くて金もなかったが、毎日が本当に楽しかった。
川口さんや丸谷さんは年齢的にも一番近い先輩だったので、やはり何やかんやと声を掛けてもらったし、一緒に遊びに行ったり、飲みに行ったりしていた。川口さんには、結婚した時に引越しの手伝いまでしてもらい、面倒見の良い気さくな先輩だった。

本田さんは、今は同じビルで仕事をしているので顔を見たり挨拶はしているが、中々ゆっくり話す機会もなかったし、川口さんとは10年ぐらい会っていないし、丸谷さんとは20年ほどお会いしていない。そういう訳で、今日お会いするのは本当に楽しみだった。今日の計画は、豪快な本田さんに声を掛けてもらったので、これまでのように情報も少なく、丸谷さんと会えることは知らなかった。良いように思えば、サプライズになって良かったと思う。

今日、先輩と訪れた先は、和歌山県有田郡広川町にある滝原温泉・ほたるの湯という広川町が運営している温泉である。食事も出来てゆっくり温泉にもつかれるところだ。場所は川口さんが事前に調べてくれていた。さすが、気配り目配りの川口さんである。
丸谷さんの車で現地に到着したのが11時頃。先ずは4人で昼食をとった。何やかんやと昔からの思い出話に花が咲き、3時間ぐらいかけて食事をした。当時のエピソードやそれぞれの近況を話したり、皆一様に年をとって体のあちこちにガタがきたとか、他愛もない話は中々尽きることはなかった。
皆 年はとって見た目も年齢相応になってしまったけど、話をしているときは当時に戻った感じがして、懐かしくもあり嬉しくもあり、良い時間を過ごせた。
話は尽きなかったが帰る時間もあり、その後ゆったり温泉につかり帰路についた。温泉は露天風呂もあり、結構広々として気持ちの良いものであった。天気も良く、柔らかな日差しを浴びながら露天風呂にのんびりつかるのもまた格別だった。なんともゆったりして、昔話も出来、有意義な1日になった。
本田さんや川口さん、丸谷さんに感謝感謝である。

川口さんが、「昔の仲間に会うと自分が当時に戻れるのが嬉しい」と言っていたが、本当にその通りである。昔ばかりを見て懐かしんでいるというわけではなく、たまにそういう機会があると、普段の嫌なことも忘れられるし、またそういう機会があると思うと普段の生活も楽しくなる。
たまには、昔を懐かしむだけでなく、実際に顔を見て馬鹿話をする機会を設けるということは、本当に良いことだ。
昔の仲間と顔を合わすことで良いストレス発散になる思うので、最近、楽しいことがないと嘆いている人は、是非そういう機会を持って欲しいものだ。

という訳で、本田さん、川口さん、丸谷さん、今日は本当にありがとうございました。
次の機会を楽しみにしています。

P.S. 関西近郊の方へ「ほたるの湯」情報は、下記のURLにアクセスしてください。






2010年1月28日木曜日

ハチ公物語



リチャード・ギア主演の『ハチ』のDVDがリリースされた。『ハチ公物語』のハリウッド・リメイク作品である。皆さん御存じの渋谷駅でずっと亡くなった主人を待ち続けた忠犬ハチ公のお話だ。『ハチ公物語』も結構前に公開された作品なので、かなり時が経ってからのリメイクになる。主演のリチャード・ギアは、周防監督の『シャル・ウイ・ダンス』のリメイクや黒澤明監督の『八月の狂想曲(ラプソディ)』にも出演していて、本人も認める親日派だ。
『アメリカン・ジゴロ』、『愛と青春の旅立ち』、『プリティ・ウーマン』など日本の女性ファンも多い人気スターである。

一昨日、TSUTAYAに行ったらまだレンタルはなく、1/27(水)から陳列されるとのことだった。それで、ベースになった『ハチ公物語』が見たくなって探していたら、名作100選100円レンタル中の棚に並んでいた。良いタイミングだったので、即レンタルして帰った。

物語は大正13年(1924年)、雪深い秋田県大館の農家で秋田犬の赤ちゃんが生まれるところから物語は始まる。
その中の1匹の子犬が東京帝国大学農学部の教授である上野英三郎に飼われることになった。犬好きの教授は、ハチと名付けた。教授は、体を洗ってやったり、雨の激しい日には家の中に入れてやるなど、ハチを大層可愛がった。ハチは、玄関先や門の前で教授を見送り、時には最寄駅の渋谷駅まで送り迎えすることもあった。現在の東急百貨店本店付近でハチ公広場の辺りである。
大正14年(1925年)5月21日に教授が急死した後も、毎日渋谷駅前で主人の帰りを待ち続けた。雨が降っても雪が降っても、ハチは帰ってくる筈もない教授を待ち続けた。

教授を待ち続けて10年の月日が経った昭和10年(1935年)3月8日、ハチは渋谷川に架かる稲荷橋付近の路地で死んだ。ハチの亡骸は剥製にされ、国立科学博物館に保存されている。

主演の上野秀次郎教授には仲代達矢さん、教授の奥さんには八千草薫さんが出演された。
その他、柳葉敏郎さん、石野真子さん、尾美としのりさん、春川ますみさん、長門裕之さんらが出演されており、既にお亡くなりになった浦辺粂子さん、山城新伍さん、殿山泰司さん、加藤嘉さん、三木のり平さんらの懐かしい人達も出演されていて、豪華な配役の映画である。



ひたむきに主人の帰りを待ちわびるハチの姿を見ていると、胸が痛くなり、目頭が熱くなってしまった。我が家には忠犬ならぬ忠猫?トラがいるが、さすがに駅までは迎えには来ないが、玄関にやって来て、早く遊ぼうと走り回る。犬と猫じゃ愛情表現は違うが、動物と愛情を持って接するとかけがえのない存在になる。
先日もブログしたが、年間30万もの犬猫が殺処分されていることを思うと、何ともやりきれない気分だ。


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2010年1月24日日曜日

ふたつの花



以前からいもとようこさんの絵本のファンだが、新しく出版された『ふたつの花』という絵本が本当に素晴らしい。
みんな絵本は子供の読むものという感覚があると思うが、いもとようこさんの作品は大人にも是非読んでいただきたい内容なのだ。生きていくことは、楽しいことばかりじゃないし、傷つけることもあれば傷つけられることもある。いがみ合うことだってあるかも知れない。でも生きていることは素晴らしいことだと、この絵本は短い言葉と優しい絵で教えてくれる。
不覚にもこの絵本で目頭が熱くなった。年をとったせいもあるかも知れないが、絵本を読んで涙がでてくる経験はしたことがなかった。この本だけでなく、『いつもいっしょ』や『花の髪飾り』、『ずっとそばに』もそうである。私の本棚にはこの4冊の絵本がある。たまに表紙をめくると何とも暖かい気持ちになる。本当に素敵な作品だ。

あれこれ理屈を言うつもりはないが、だまされたと思って一度この本を読んで欲しい。あー、生きてるって良いなぁときっと思うはずだ。

2010年1月22日金曜日

Twitter




1ヶ月前からTwitterで呟きはじめた。
結構前から提供されているサービスなので、ここ最近の流行りという訳ではないが、鳩山さんがTwitterを始められたとか、ハイチ地震の情報発信にTwitterが役だったなどの話題もあり、クローズアップされている。
コンセプトは今何してる?ということだそうで、ブログとチャットの中間ぐらいのゆるいコミュニケーション手段だ。1回に送信できる文字数は140文字に制限されており、短い文章でつぶやく訳だ。特定のユーザーの発言をフォローしたり、返信やDMすることも可能だ。もう少しルールもあるが、極めて単純なルールだ。この単純さ故に様々な利用のされ方に発展している。
面白いか面白くないかは、今のところまだ実感するには至っていない。

各界の著名人の方々もTwitterされている人が多く、そういう人達をフォローするのも魅力の1つになっているようだ。

発展するサービスは、基本的に単純なルールで取っ付きやすいものである。敷居が低くなければ多くの人に広がることもない。そういう意味ではTwitterは、単純だが良くできた仕掛けである。

少し心配なのは、Twitterの過大評価と依存である。

最近政治家さんがTwitterを情報発信のツールとして利用されておられる。それ自体は大変良いことで即時性もあり、発言される方が見え、良いツールだと思う。自分の考えに対して多くの人の意見も聞くことができる。
大半は良識のある方のコメントだし、賢明な政治家の方なら鵜呑みにせず取捨選択された上で参考にされると思う。
しかし、得られる意見はネット上に存在する人だけの意見であり、良識云々に関係なく偏ったものになってしまう。
ネットの外には、未だに黒電話しか使わないお爺ちゃんやお婆ちゃんもいるし、存在すら知らない人も多勢いるはずだ。メールですら、まだしたことのない人が多勢いるだろう。
Twitterに限ってという訳ではないが、道具に頼りすぎるのは危険なので、上手く活用し使われないようにして欲しいものだ。

もう1つはメールや昔のポケベルのようにはまり過ぎて、このネットの世界が全てで、この世界にしかコミュニケーションが存在しないという依存性だ。
メールが来たら直ぐに返事しないといけないなんて、よく聞く話だ。道具に縛られて道具のために生きているというのも変な話だが、そこに陥ってしまう人もいるだろう。

Twitterだけじゃないが、道具は上手く活用したいものだ。

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2010年1月20日水曜日

生き物




今日は大寒とめざましテレビで言っていた。
暦では一年で一番寒くなる日だが、見方を変えるとこれから暖かくなるということだ。あー、早く温かくなってほしいなあ。

我が家には猫が1匹いる。
名前はトラ。息子が付けた名前だ。名前のとおり、トラ猫だからトラになった。
息子が生まれたてで捨てられていた子猫を拾ってきて以来、我が家族の一員である。
ブログやtwitterのアイコンにしている電話猫も我が家のトラをモデルにして描いている。
早いものでトラが我が家に来てから11年が過ぎた。人間でいうと50歳台半ばを過ぎた頃だろうか。
今は食器棚の上に跳び乗るほどとても元気なので、このまま元気で長生きして欲しい。

私は子供の頃から犬も猫も飼ったことがある。毎週、志村動物園を楽しくみている動物好きだ。
犬も好きだが、どちらかといえば、猫好きだ。あの自由で気ままに生き、飼い主とも対等で嫌なことはしないところが、B型の私に合っているのかもしれない。

つい最近、TVタックルでも扱っていたが、犬や猫は年間30万もの命が殺処分されているそうだ。以前、私もブログで書いたことがあるが、無責任な人間のせいで殺される命がこれだけ多いという事に悲しくなる。
新しく買った家具の色と合わないから引き取って欲しいという飼い主もいるらしく、命の大切さをどう思っているのだろうか。
流行りのペットを乱繁殖させる目的で劣悪な環境でペットを飼う悪徳なブリーダーもいるらしく、そういうブリーダーは、無理矢理年に2回出産させペット工場と化しているそうだ。
ブリーダーとして認可を受けるのは届出制であり、十分な審査がないことから監査も甘く、今後は法整備が必要と聞く。

人間もこの先食っていけるかどうかの問題山積なのに、犬猫のことまで構っていられるかという意見もあるかも知れないが、命を軽んずることは許されるはずもないし、謙虚に考えるべき問題だと思う。
人間は、肉も食えば魚も食べる。命をいただいて成り立つ存在である。見方によれば、それだけ罪深い生き物だということだ。
であればこそ、命の問題は真摯に向き合わなければならないはずだ。

まずは、責任を持って飼えない奴は飼うなが大原則である。
命とは何か、人間は何によって生きていられるかを皆が考える世の中になって欲しい。

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2010年1月19日火曜日

真摯



政治家に大事なことは色々あるが、一番大切なのは「真摯」であるということだと思う。
別に政治家だけではないが、真摯に向き合う姿勢は本当に大事なことだと思う。
「真摯」とは、「真摯に検討する」とか「真摯な対応」などの表現をよく耳にするが、真面目でひたむきなことや事を一心に行う様を表す言葉だ。
頭が良くても、行動力があっても、まずは真面目で誠実な人柄がなければ、誰も耳を傾けないし、そういう人でなければ何も成し遂げないだろう。人柄だけ良ければ後はどうでも良いと言っている訳ではなく、先ずは人柄あってと言っているだけだ。

では、この「真摯」という言葉の「摯」って漢字の意味は何だろうか。
辞書を色々引いてみると、「摯」の意味は、辞書によって解説の内容が違うが、次のような意味の字と書かれている。

【摯】
とる。しっかりと手にもつ。てあつい。まごころがある。

解字をしていくと本来の意味が分かるかと思い、解字の説明も読んでみた。

まず、「摯」を分解すると、「執」と「手」に分かれる。
さらに、「執」は「幸」と「丸」で成り立っている。
「幸」はご存知の通り、幸福、幸運にあるような「さいわい」という意味の文字だが、そもそもは手枷(てかせ)を表しているそうだ。
「幸」が手枷とは、「さいわい」には程遠い意味合いだ。
「丸」は人がひざまずく姿を表していて、「執」は手かせをはめて人をとらえることを表している。

【執】
①手にとる。しっかり持つ。「執筆(シツピツ・シユヒツ)・執刀」
②特定の仕事や職務を引き受けて処理する。とりおこなう。「執行(シツコウ・シユギヨウ)・執務・執権」
③かたく守る。こだわって離さない。心がとらわれる。「一方に執(シユウ)する」「執心(シユウシン)・執着(シユウジヤク)・固執」

広辞苑(c)岩波書店

という訳で、少し横道に逸れるが「幸」は手枷から免れるということから「さいわい」という意味なのだそうだ。

この「執」に「手」が付き、「とる」や「しっかりと手にもつ」という意味になり、ひたむきさや真面目といった言葉に繋がっている。
確かに「執着」の「執」のように「こだわる」や「かたく守る」というのも通ずるところがある。

政治家の方が「真摯」と言った場合、この言葉の意味合いを思い返してほしい。
真面目にひたむきに問題と向き合って、どうすべきかを一心に考え、その姿勢をかたく守る誠実さが、この言葉に籠められている。
真摯に向き合うということは、しっかりその問題を握らないといけないということであり、一貫した信念で解決しようとする姿勢でなければならない。
問題が起こったとき、「真摯」と口にはされるが、その真摯さは普段の姿勢に表れていて、そういう時だけ都合よく「真摯」と言っても誰も信じない。
真面目に向き合っている人は、変に主張しなくとも、そのひたむきさや誠実さが伝わってくるものである。
口先だけの綺麗ごと、その場を取り繕う弁解は、いくら言葉を尽くしても伝わらないし、信用もされない。
常日頃の真面目さこそが、信頼を得るものである。

過去より不正献金、汚職、癒着等々のキーワードを耳にし、政治不信が慢性化しているというが、問題の根本は「真摯」であることを忘れているのではないかと思う。
制度や構造を改革するのは良いけれど、真摯でない人達がいくら考えても駄目だろうという皆の思いが、諦め感になっていて、いつも想像通りの結果で終わっている。時間が掛かると言うが、何年そんなこと言ってるのと思ってしまう。

結局は真面目に取り組んでいないから成し遂げられないだけだと思う。
私のようなサラリーマンでも同じことで、問題が起こった時に真摯に向き合うか向き合わないかで結果は変わってくる物である。
くどいようだが、先ずは真面目に、誠実にが肝要だと思う。

では、最近の政治家の方を見ていて、そう思える人はと考えると、与野党関係なく少なからずおられるように思う。
絶対数としては、少ないかも知れないが、そういう人達が増えていけば、徐々にでも良い方向に向うと思っている。

私が真摯で信頼できる人だと思う政治家さんは、元総理の安倍さんや現総務大臣の原口さんだ。
このお二人は、この「真摯」という言葉を感じる人である。
お二人とも理念や信念は違うかも知れないが、その行動や発言をお聞きする度に、誠実さやひたむきさを実感する。

例えば、原口さんは「たかじんのそこまで言って委員会」という読売テレビの番組にパネラーとして多く出演されていて、様々な問題に考えを述べられてきた。
毎回、その受け答えは、一般の人にも分かり易い言葉で語られ、姿勢や考えを理解しやすく説得力のある説明をされる。常に人の意見も聞き、謙虚だが信念を持ち発言される姿勢を見る度に、真面目に政治と向き合っておられると実感している。

その真面目さは、ちょっとしたエピソードでも感じることができた。
ある街頭インタビューで大阪のおばちゃんたちに原口さんの印象を尋ねるビデオが放送されたことがあった。大阪のおばちゃん達というと思ったことは何でも正直に話す人達だ。そのおばちゃん達が、原口さんの太い眉をどうにかした方が良いといったことを言って、ちょっと笑ってしまう内容だった。
後日、原口さんは大阪のおばちゃんに言われたことを気にして、誤って片方の眉を少し剃り落としてしまい、番組で愚痴っていた。
こんな笑い話を例に上げて申し訳ないが、偶然街頭インタビューに答えたおばちゃんの言葉でも気にする繊細さからも真面目な人柄が伝わってくる。
原口さんのホームページも幾度か拝見したが、ストリーミングの動画を使ったり、日々の活動や主張をまめに掲載れており、やはり真面目さが伝わってくる。

安倍さんは、北朝鮮の拉致問題でも被害者家族のために奔走し、大きな成果につながった。その真面目に向き合う姿勢は総理になっても変わらなかった。
憲法改正を掲げ、戦後レジュームからの脱却、美しい国日本など信念を持って政治に取り組まれたが、悲しいかな その生真面目さゆえに過度のストレスで体調を崩され辞職された。
期待していただけに本当に残念だった。

他にもお二人のような方も少なからずおられるかと思うが、目先だけのパフォーマンスだけでなく、日々の真摯な活動を続けることで、後々大きな信頼に繋がるものだと思う。

もちろん信念があっての上だが、政治家にはバイタリティ、行動力、弁舌、などなど多くの資質が必要だが、真摯であることで成り立っていることを思って活動して頂きたいものだ。


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2010年1月15日金曜日

寒い



おい!押すなよ。もっとそっちに寄ってくれよ。アフリカが恋しいなあ〜

と聞こえてきそうだ。
それにしても寒いなあ。

さむ・い 2【寒い】
(形)文ク さむ・し
①気温が低くて不快な感じがする。体が冷えてあたたまりたい感じがする。さぶい。⇔暑い。「今朝は—・い」「夏は暑く,冬は—・い」
②比喩的に用いる。㋐恐ろしさにぞっとする。「背筋が—・くなる」
㋑満たされない,ひえびえとした気持ちだ。「心が—・い」
㋒(多く「おさむい」の形で)貧弱で見劣りがする。「お—・い計画書」
㋓全くつまらない。「—・いギャグ」
③経済的に貧しい。「懐ふところが—・い」「この—・い装なりで郭へは行けぬ/浄瑠璃・阿波の鳴門」
〔形容詞の「寒い」は話者の体の感覚を言い,「冷たい」は話者の外にあるものの属性(温度が低い)を言う。「寒い」は体全体で感じる場合で「冷たい」は体の一部で感じる場合だとする説もあるが,冬に屋外プールに飛び込んだ場合でも,「プールの水は寒かった」とは言えないから,誤りである。「寒い」も「冷たい」も,対義語はともに「あつい」であるが,「暑い」「熱い」と書き分ける〕→お寒い
派生━ が・る(動ラ五)・━ げ(形動)・━ さ(名)

大辞林 第三版

だそうだ。
懐も体も寒いが、温かな日が早くくることを願いたい。
うーさぶ!

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2010年1月14日木曜日

疑心暗鬼





昨年末から寒い日が続いている。温暖化とはいうが、長い長い期間で見ると寒冷な時代であり、その中でも比較的に温かな間氷期なんだそうだ。
最近、何でもかんでもエコだ省エネと騒がしいし、健康面も喫煙は罪悪で会社でも万歩計を配ってランキングまでつけている。
個人情報保護もやり過ぎているようにも思え、コンプライアンスもやたら厳しい。誰も困ってもいない事でも厳し過ぎるルールが足枷になる。守ってもらう立場の請負先がルールのためにヒーヒー言っている。
最近はあまり言わなくなったが、抗菌グッズもここ10年ぐらいじゃなかろうか。

と、つらつらとぼやいてしまったが、やり過ぎは良くないと思う。世の中の仕組みが発達して情報が電子化されて、目に見えにくくなり、伝わっていく速度が極端に早くなったせいだと思うけど、もう少しおおらかにはならないものかと思う。

自然の世界には当然ながらお金がないから不況もない。価値観はあるが、種族を守るための優位性といった生き続けるための価値観だ。
不況も好景気も心が生むもの。景気が良いと皆が思えばそうなるし、不景気だと思えばやはり財布の紐も固くなる。
企業の合理化や経費削減は短期的に見れば良いのかもしれないが、企業に働く人や関連する人達は潤うことなく、厳しい世の中だと思ってしまう。そうなると当然ながら将来の不安は大きくなり、お金も使わない。お金が流通しなくなり、また企業は合理化や縮小を行なう。
負のスパイラルとかいうそうだが、いたって当たり前の理屈だ。

自虐的で気にしすぎ。世の中、悪い方に進んでいると思っている考え方を変えない限り、景気も良くならないし、心のゆとりも生まれない。
煽られている不安は、誰か一部の利益のためかもしれない。エコ、省エネ、セキュリティ。子供の頃、電話帳に自宅の電話番号を掲載することを躊躇った人はどれだけいただろうか。住所録は個人情報保護に反するなんて聞いたこともなかった。

これもお金と同じで恐怖感を煽られて、必要以上に反応させられているからだ。なんだかリスクばかりを気にして保険を掛けすぎて心もふところも貧しくなっている。

希望の灯りは薄暗く、あるかどうか分からない恐怖の闇に恐れている。
疑心暗鬼。見えない暗闇にいる筈もない鬼を恐れ、不安に苛まれながら生きていくというのは、なんとも悲しいはずだ。
去年の新年のブログを読み返したら、新年に線路に横たわり自殺をした人のことに触れ、今年と同じようなことを書いていた。新たな希望の門出でもある新年に線路に横たわる気持ちは想像の及ばないほどの絶望感があった筈だ。「弱い人間が自殺する」なんてことを言って済ませられるような話ではない。ここ数年続いている暗い話題を晴れ晴れとした時代に変えるには、民主党に頼るだけでなく、皆それぞれの心の中にある鬼を追い払い、良い方向に向うことを信じなければならないだろう。
貧乏臭いことばかり言っていると貧乏くさくなるし、金がなくても心豊かに過ごせば良い方向に向うと信じる方が幸せだと思う。

私も皆さんにとっても良い1年になることを信じて。


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2010年1月13日水曜日

文章




今朝は、またまた寒波のせいですごく寒い朝になった。
タップする指先が悴んでとなりのキーをタップしてしまう。

去年の暮れからTwitterで囁き始めているが、いまいちその面白さが分かっていない。まあ、何でも試してみようという気持ちで始めたということだ。
国会議員の方々も自民党の山本一太さんや民主党の原口総務大臣、蓮舫さんなど多くの人がTwitterで情報を発信されている。鳩山総理も始められることがニュースにもなっていた。
ブログもかなり気軽に書き込めるが、文字数を140文字に制限する代わりに即時性を高めたのがTwitterという感じだろうか。私のような長文派のおじさんには、ほんの少しだけど敷居がある。

文章を書くというのは中々難しいもので、調子にのって書いている時は良いが、後から読み直すと背景説明が不十分で何を言っているか分かりにくかったり、同じことの繰り替えしがあったりと、稚拙な内容に恥ずかしくなる時が多々ある。
言葉だけで情景や思いを伝えるということは難しいものだ。見たことのない美しい景色を見ても、大きな感動を味わっても文章が稚拙だとその物や事の素晴らしさも半減してしまう。また、文章の書き方だけに意識がいってしまうと、すかした文章や鼻につく表現になってしまう。色々と愚痴ったが、結果をあまり気にせず、思ったことを書くのが一番かもしれない。

辞書で『文章』という言葉を見ると、こういう解説が書かれていた。

「内面の徳が容貌や言語として外にあらわれるもの。」

確かにその通りだ。情報伝達の手段というだけでなく、良い文章は書いた人の人柄が表れるものでもある。

という訳で、今日も結局は何が言いたいのか良く分からない文章になってしまった。




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2010年1月12日火曜日

私をスキーに連れてって




1987年に公開された『私をスキーに連れてって』という原田知世主演の映画がだい好きだ。若かったこともあるが、世の中は明るかった。その時代の雰囲気が映画からあふれている。
ユーミンのカセットテープをカーステレオのデッキに入れ、4WDのセリカGTーFOURを走らせ白銀のゲレンデへ。ソバージュヘアーに太めの眉にメークした女友達。週末には仲間達と馴染みのパブに集まり、次のバケーションの相談で盛り上がる。ゲレンデへ向う満員のスキーバスなど当時の風景が本当に懐かしく思う。映画ほど優雅な生活はしていなかったが、世の中は明るく賑わっていた。

会社の風景も映し出されていた。
デスクにはパソコンはなく、灰皿置いてくわえ煙草で仕事。パソコンはあるにはあるが、今のように1人1台という訳もなく、共用のパソコンがチーチコなるプリンタにリストを打ち出している。

スキーに行くメンバーとの連絡も携帯なんてなかったからハンディなパーソナル無線が大活躍だ。彼女から聞き出す電話番号も もちろん自宅の黒電話。

こういった1つ1つの情景が当時の雰囲気を思い出させてくれる。

映画の出演者は、主人公の2人に既に人気のあった原田知世さんと この映画がメジャーになる切っ掛けとなった三上博史さん。三上博史さんは、スキーが滑れるというプロフィールだけで選ばれたそうだが、実際には2回程度ゲレンデに行っただけだったらしい。良い度胸をしている。
この他にも三上さんの友人役に原田貴和子さん、沖田浩之さん、高橋ひとみさん、布施博さん、鳥越マリさんが出演しており、楽しいシングルライフをスクリーンで演じていた。
上司の課長には故小坂一也さん。三上さんを妬む先輩社員に竹中直人さん。尊敬する先輩役に田中邦衛さんと中々楽しい配役だ。

この映画を制作したのはバブリーな時代に活躍したクリエイター集団のホイチョイ・プロダクション。このホイチョイ・プロダクションが音楽を依頼したのがユーミンだ。この映画でも流れる♪恋人はサンタクロースや♪サーフ天国,スキー天国を集録したSurf & Snowも映画と共に大ヒットした。

当時も暗い話題があったかもしれないが、今の時代のようなストレスはなかったし、金はなくとも元気があった。
ああいう空気にならなければ景気が良くなったとは誰も思えないのかもしれないが、中々難しそうだ。
今となってはおとぎ話を聞いているような映画だが、楽しかった当時を思い出させてくれる映画だ。


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2010年1月6日水曜日

奇跡の星




あけましておめでとうございます。
この正月に宇宙に関するドキュメンタリーを観た。その番組では160億年前に宇宙が誕生してから46億年前の地球誕生や太陽系、銀河やブラックホールなど宇宙の謎についてCGや様々な研究者のインタビューを織り交ぜながら分かり易く伝えてくれる興味深いものであった。
その内容も単に科学的な雑学ではなく、地球が如何に稀有な存在であり、宇宙の広大さが想像もつかないスケールであるかを実感させてくれる内容だった。

この番組を観て初めて知ったことも多く、あらためて地球は奇跡の星であることを再認識した。

太陽系の惑星の中で最も理想的な距離の軌道にあることは、多くの人が知っていることであるが、地球から遠く離れた木星や土星が地球上の生命の進化に深く関わっていたことは、あまり知られていないだろう。地球は過去に何度か巨大な彗星が激突している。その痕跡は世界のあちらこちらでクレーターとして残っている。大きいクレーターは直径数十キロにも及び、その衝撃が如何に大きかったかを想像させられる。彗星の直撃は多くの生命を絶滅させ、長い氷河期の始まりにつながっている。恐竜の絶滅も今では彗星の激突が原因であるという説が有力視されている。
この彗星は太陽系の一番外側にある小惑星群から太陽系の中心に向かってやってくるそうだ。その頻度は高く多くの彗星が太陽に吸い寄せられるように飛来するのだが、地球に激突する数を抑えてくれているのが大きな惑星である木星や土星なのだそうだ。多くの彗星が大きな木星の重力の影響を受け地球に辿り着くまでに木星や土星に激突するらしく、大きな惑星が存在しなかったら地球に到達する彗星の数は千倍近くにもなるそうだ。

太陽系の軌道はほぼ綺麗な円軌道であるが、これも天体の中では稀有な部類で、太陽系以外の多くの星は楕円軌道を描いているらしい。円軌道であることは太陽との距離が常に一定であり、生命を育むためには必要不可欠な条件である。
これにも木星と土星が関わっており、大きな惑星が外側に位置し、且つ2つまでだったから安定した円軌道を保てたらしい。もしも大きな惑星が3つ存在するとお互いが重力の影響を受け、軌道が乱れ円形を保てず惑星同志が激突して楕円の軌道になってしまうそうだ。

この地球に壊滅的なダメージを与える彗星は地球に災いをもたらすだけの存在だと思っていたが、生命の進化にも大きく関わっているらしい。地球は過去に彗星の激突により全球凍結という地球全体が凍りつく時代があったそうだ。これは当時赤道直下にあっただろう場所の地層からも痕跡が確認されている。
海が氷で閉ざされると何を切っ掛けに元の状態に戻るのか想像がつかないが、火山活動が関係し海中にCO2が増えて、地熱により氷が溶けたらしく、CO2が増えたことでコラーゲン繊維の生成が可能になり微生物以外の大きな体を持つ動物への進化が可能になったそうだ。
だから、破滅をもたらす彗星が生命を生み出す切っ掛けにもなっていたというから驚きである。
これも木星の影響がなかったら頻繁に彗星が激突し、人類のような知的な動物は生まれなかっただろう。

紹介したのはごくごく一部だが、私達の想像が及ばないスケールで偶然が幾つも重なり生命にあふれる奇跡の星 地球が存在している。どれ1つかが欠けても生命は生まれなかっただろうし、進化もあり得なかったはずだ。
災いしかもたらさないと思っていた彗星、遠く離れた木星の存在。全ての存在が関わり合い、現在の私たちが生きていると考えると感慨深いものがある。

新年を迎え、一人一人の存在が奇跡の結果であると同時に宇宙の中ではちっぽけなもののようにも思え、つまらない雑事に憂いているのが馬鹿馬鹿しいと思った。
宗教的なものではないけど、神のような存在がいるようにも感じた。宇宙は偉大だ。


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